『A2 完全版』

ユジク阿佐ヶ谷にて

『A2 完全版』

2015年(撮影は2001年)/「A」製作委員会
配給:東風
監督・撮影・編集:森達也/製作・撮影・編集:安岡卓治
出演:荒木浩上祐史浩、村岡達子、松本アーチャリー(麗華)、宗教団体アレフ信者のみなさん、河野義行

あらすじ:

 突撃ドキュメンタリー監督・森達也が、地下鉄サリン事件から5年が経ったオウム真理教の内部に潜入。教団幹部、末端の信者、そして麻原彰晃の三女・アーチャリーから生の声を聞き出す。教祖は逮捕され、東京近郊の各地では残された信者たちが落武者狩りのごとく市民たちの糾弾に遭っていた。そんななか、大物幹部の上祐史浩が出所。大きな事件はなくとも再び世間の注目を集めることになってしまった教団はなんらかの意志表明を迫られていた……。

 「無言の行」という修行を行っているはずの女性信者2人がカメラの前でキャッキャとはしゃいでいる姿を捉えた序盤の場面から笑わせてくれる。プロ市民が張り切ってオウム撃退に闘志を燃やしている町もあれば、信者と有志の監視小屋から抜け出した地域住民であたたかな友好関係が出来上がっている町もあり、由利徹のような酔っぱらいのおっさんがワンカップを片手に平気で信者のところへダベりに行ってしまう

 
 実は、『A』も『A2』も書籍化された監督日記を読んだだけで、今回いきなり完全版を観ることになった。当時あれほど毎日嫌というほどテレビニュースで見させられたオウムのことなど、今さら映画で観たいとは思えなかったからだ。あと、これは完全に体質的な問題なのだが、映画好きのくせに、手ブレに弱く酔いやすい。だからPOVのホラー映画や、この映画のように手持ちカメラが活躍する映画を見ているとだんだん気分が悪くなってくる。今日もそうだった。塩水をガブ飲みして胃液ごとすぐ吐き出す修行をしている信者が気持ちよさそうに見えたくらいだ。できるものならこの場で吐いてしまいたかったが、それはグッとこらえ、会話の場面などでカメラが左右にブンブンしそうなときは時々目を閉じながら、これ以上気分が悪くなるのを食い止めなんとか最後まで観た。そこまでして映画を観る必要って、あるのかなぁ。

 
 が、実際観てみると場面から漂ってくるのはテレビで毎日動向を伺っていた頃の懐かしさだったのだから皮肉だ。そして、オウムの信者たちを見て改めて思うのは、みんなホントは頭いい人たちなのになぁ、ということ。当時、インテリ大学生が続々出家したという話があったように、例えば昨今の就職難のなかで、真面目系クズと呼ばれ、あるいは高学歴ニートに追い込まれるような人たちの受け皿にオウムはなっていたんじゃないだろうか。すなわちそれは一時期職にあぶれかけた自分のことでもあるわけで、まったく他人事ではない。社会での居場所を見つけられなくて弱気になっているとき、もし目の前に新興宗教があったとしたら、前向きな行動として出家を選んだかもしれない。

 オウムは犯罪行為うんぬん以前に、教祖のオシッコを飲むとか、電波ソングを合唱するとか、宗教として常軌を逸していたのは明らかなので、この場合は出家=人生の後退、現実逃避と言って差し支えはないと思う。いくら真面目な信者が「事件のせいで自分まで市民から袋叩きにされるのは不当だ」と主張しても、人殺しの親が「自分は関係ないんで」と言い逃れることができないのと同じで、同情はできない。だからかどうか知らないが、オウムの教義上における自らの立場を語る信者たちの言葉は、各々が重要視するものに多少の違いはあれど、みな一様に高度な理論武装をしていて、揺るぎがない。厳しい現実に折り合いをつけるのにかなり頭を使っている。またその様子は自分に必死に言い聞かせているようでもあった。前向きに逃げることができる人間はある意味最強だ。いくらでも自分を誤魔化すことができる。

 それでもバレてしまう信者の甘さ森達也監督は決して見逃さない。親族の情愛を断ち切ると宣言しておきながら、アジトとなるアパート保証人に親を立てたことを、「教義に反するのでは?」と穏やかにツッコミを入れる。信者は笑って誤魔化す。これ、これだ。真摯に対応しているように見えて、ちょっと不都合なことがあるとすぐヘラヘラしてしまうのは、村岡達子代表代行の態度も同じだった。

 松本サリン事件で奥さんが意識不明になったうえ、一時期は犯人かと疑われてしまった河野義行さんの自宅へ謝罪?に行く場面で、村岡代表代行は謝罪ができずにヘラヘラしてしまう。マスコミのカメラもスタンバイし、おそらく謝罪を前提とした会見の場であったのにもかかわらずだ。いや、謝罪せよと迫るつもりもないのだが、ならばオウムは悪くないと宣言すればいい。が、それもできず会見はグダグダに。見かねた河野さんが打ち合わせの時間をオウム側に与えることでなんとかその場は収まるのだが、河野さんが大人すぎて人間の格の違いを見た。


 教団幹部の大学時代の友人が毎日新聞の記者になっていて、2人で友人同士の砕けた会話をする場面もある。これではまるで『県警対組織暴力山城新伍室田日出男ではないか(こちらは刑事とヤクザ)。ここでもやっぱり「信者ってけっこう頭いい人多いよなぁ」という思い。


 今回の完全版では、初公開時にカットされていた麻原彰晃の三女・アーチャリーの登場シーンが含まれている。当時のテレビの報道では未成年のため常に顔面にモザイク処理がされていたので、それはそれは新鮮な気持ちで眺めていた。親子なので当たり前だが彰晃そっくりである。カットされてしまった理由としては、未成年だったアーチャリー本人のことよりも、彼女と顔見知りになった派出所の警官2人が笑顔で対応している場面に問題がありそうだった。おそらくこの場面が当時公開されていたら、2人は密告され特定、左遷かクビか、社会的に抹殺されていたことだろう。別に監視対象と会話してはいけない決まりはないのだから、2人が責められるいわれはないはずなのだが、それを許さない社会は当時すでに出来上がっていたし、その傾向は今になってかなり強まっているように思う。


 ところで、背中に「修行するぞ‼︎」という文字がプリントされたトレーナーを着た信者が登場するのだが、外ではさすがに無理でも、家では着てみたいと思った。結局当時小学校で「ポア」が流行語になってしまった現象の延長で、人に誤解される危険度で言えば、ゲバラTシャツとそう変わるものではないと思うが、言い過ぎか。



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