『異常性愛記録 ハレンチ』

『異常性愛記録 ハレンチ』

1969年/東映京都
監督・脚本:石井輝男
出演:橘ますみ、吉田輝雄、若杉英二

あらすじ:

 バー「NON(ノン)」の若きママ・橘ますみは、夕暮れの琵琶湖畔で吉田輝雄とデート中。最高にロマンティックな雰囲気のなかで、彼女はあるおぞましい問題に頭を悩ませていた。それは、自らの処女を強引に奪っただけでなく、仕事中、プライベートを問わずいつまでも自分をつけ回しては変態行為を要求してくる自称恋人・若杉英二の存在であった。彼とはきっぱり別れなければ絶対に幸せは来ない。しかし、別れ話を切り出すたびに泣きわめき、そしてDVを繰り返す彼の醜態に、すっかり疲れ果ててしまうますみ……。妻子ある身でありながら、サイコパス若杉の行為はますみへのストーキングだけにとどまらない。家業を放置してはSMプレイ、女装、ゲイバー通い、トイレ覗き……果たして彼女は無事に吉田輝雄と結ばれることができるのか? そして、アブノーマルな彼の性癖は一体どこまでエスカレートしてしまうのか!!


江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間がカルト映画界のクラシックと化しているのに対して、同じ石井輝男監督のこちらは一部のコアな輝男ファンを除いてまだそれほど知られていない。しかしとんでもないものを見てしまった。東映マークが出るやいなや、真っ白な羽毛がギッシリ敷き詰められた中で蠢く、全裸の女と思しきなにかを真上から写した謎のイメージカットにタイトルが覆いかぶさるんだから。続いてスタッフ、出演者クレジットは、汚いおっさんの目・鼻の穴・ノドチンコのどアップに重なっていく。BGMはブタやイヌの鳴き声を加工したと思しき異常なサウンドコラージュだ。あまりにアヴァンギャルドで、観る映画を間違えたのではないかと不安を募らせていると、いきなりフランス映画『男と女』のような、琵琶湖の夕景をバックにしたオシャレなラヴシーンが始まる。BGMはフランシス・レイ作曲「パリのめぐり逢い」のパチモンみたいなメロディのラウンジ・ミュージックなんだから手が込んでいる。あぁ、この調子で順番に書いていたらキリがない。要するに、60年代末の東映で「異常性愛路線」という目を覆うようなエログロ映画を撮り続けた石井輝男『セクシー地帯』など実はオシャレ映画の作り手でもある石井輝男、この二面性がぶつかり続ける映画なのだ。


ちなみに石井輝男監督が1969年に撮った映画は以下の通り。

残酷・異常・虐待物語 元禄女系図(1月9日)
異常性愛記録 ハレンチ(2月21日)★本作
昇り竜鉄火肌(3月29日)
徳川いれずみ師 責め地獄(5月2日)
やくざ刑罰史 私刑(リンチ)!(6月27日)
明治・大正・昭和 猟奇女犯罪史(8月27日)
江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間(10月31日)

 ひどいタイトルばかりだなぁ(日活に招かれて撮った『昇り竜鉄火肌』以外はすべて東映作品)。

 映画は、ストーカーおじさんの大暴れに翻弄される橘ますみの回想シーン(過去)と、ストーカーから逃れたますみと恋人・吉田輝雄束の間のラブシーン(現在)が交互に描かれる。やがて彼女の問題は未解決であることが徐々に判明し、ストーカーおじさんが現在の時間軸にズケズケと乗り込んでくる。このストーカーおじさんこと、日本映画史上最低最悪の京都人・深畑を演じたのは若杉英二。元は二枚目役者だったが、このときはすでに小太りのおっさんと化している。初登場シーンで背筋が凍った。冒頭のオープニングタイトルで延々と見せられていたのは、このおっさんの身体の一部だったのだ! セリフもヤバい。変態プレイを拒絶する橘ますみに浴びせかける「愛してるんだよ~ん」「さみしいんだも~ん」の猫なで声は、観終わった後、数日は延々と頭の中をループしていた。愛情が行き過ぎると人間ここまで狂ってしまうものかと、ストーカー気質のある自分としては彼を女性の敵として憎らしく思う反面、また他人事にも思えず。迂闊に彼のセリフを物真似でもしようものなら心の闇に取り込まれてしまいそうなおぞましさを感じたものである。頻発するセリフは上記2つのほかに「ハーイ、しあわせ~?」という、自己主張とも問いかけとも取れない意味不明な挨拶もある。吉田輝雄と若杉英二が初めてバーで対面する場面でかかっているBGMが佐川満男の「今は幸せかい」なのは、狙っていたのか偶然なのか。


 おまけに、モンド映画としても第一級の価値を持った作品であるからまことに始末が悪い。深畑がゲイバーで、踊り狂いながらカメラの前で次々と自己紹介していくゲイボーイたちを品定めするシーンは、予告篇に「東京のゲイボーイ総出演!」と謳われていたので、ここに出ている人たちはみなガチの方々なんだろう。50年前のゲイカルチャー、アンダーグラウンドの記録。文化的価値は計り知れない。中にはナヨナヨと現れておきながらいきなり「俺は陸軍少尉だったんだぞ!」とすごむ人もいる。これもおそらくガチの自己紹介だ。当時は寺山修司らアングラ演劇の人々がその手のジャンルに光を当て始めていたとはいえ、一般市民への理解度は今と比べるまでもなく低い。たとえ好奇の目であったとしても、自らの存在を認めてもらえるチャンスが欲しかったのであろうか。カメラの前で明るく、生き生きとした表情で踊る彼らを見ながら、年季の入った戦前派ゲイたちが、いかに長く苦しい時代を過ごしていたかを想像した。

 表現規制の見地から現在国内で封印状態にある『恐怖奇形人間』を横目に(海外でDVD化。国内では映画館での上映のみ可能)、こちらは2009年に無事DVD化。VHSの時代、『恐怖奇形人間』は一応ビデオ化の動きはあった(結局発売中止に)。『ハレンチ』はそれさえ見送られた真のカルト映画だ。下手に知名度が上がるとたちまち封印措置がとられる場合も十分考えられるので、観られるうちに観るしか手はない。次の獲物を待ち構えているかのように、DVDは渋谷TSUTAYAの棚に今日も眠っている。


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